柳生

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柳生といえば徳川幕府に仕えて、剣法を指南した一族としてあまりにも有名です。
その柳生一族のふるさとが柳生の里です。
かの有名な剣豪宮本武蔵も柳生石船斎を訪ねて訪れたと言われている場所ですし、
NHKの大河ドラマの舞台にもなっていた有名な場所が柳生の里です。
柳生家は石高1万石の大名で、この地はその柳生一族にまつわる史跡が多数残っています。


【十兵衛杉】 

「十兵衛杉」(じゅうべえすぎ)は、天下に名高い剣豪柳生十兵衛
(独眼流柳生三厳十兵衛)が諸国漫遊に旅立つ前に植えたとされている樹齢350年程の大杉です。

現在は落雷の為に枯れて無惨な姿をしていますが、
威風堂々としたその風格は見る人を圧倒します。

枯れてしまった今でも、根本は大人7人くらいが手をつないで
やっと一週できるくらいの大きさで、いかに巨木であったかがわかります。

柳生十兵衛は柳生宗矩の長男として慶長12年(1607年)に生まれました。
柳生石船斎宗巌の孫になります。

後徳川家光の小姓として仕え、徳川第2代将軍秀忠に仕えた後
柳生の里へ戻り、隠密として寛永3年(1626年)に
諸国漫遊の旅に出たとされています。

晩年には道場で柳生新陰流を教え、門下生は何と1万3,000人を数えたとされています。


【旧柳生藩家老屋敷】 

江戸時代末期の柳生藩家老、小山田主鈴の旧邸が残されています。

城壁のような豪華な石垣と白堀の屋敷の中に
鎧や刀などの武具と各種生活道具などの
当時を忍ばせるものが展示されています。

小山田主鈴は福島県(岩代国)出身で当初は
江戸の柳生藩邸に仕えていましたが、
国家老として柳生の里に移り、藩財政を立て直しました。

その功績をもって柳生但馬守俊章から敷地を与えられ屋敷をこの地に建てました。
その後、昭和39年に作家の山岡荘八がこの屋敷に住んでいたことはよく知られている事実です。


【芳徳寺】 

「芳徳寺」(ほうとくじ)は柳生一族の菩提寺です。
江戸時代の初めに柳生宗矩(やぎゅうむねのり)が父石船斎宗巌
(せきしゅうさいむねよし)を弔うために建てたといわれています。

寺の名前は石船斎宗巌の法名「芳徳院殿荘雲宗巌居士」に
因んで名付けられています。

柳生石船斎宗巌は剣豪の世界では超有名な
柳生新陰流の開祖としてよく知られている人物です。

芳徳寺の裏には一族の墓が数十基並んでいて、
この地からは柳生の里が一望できます。


【一刀石】 

柳生の山中に「天之石立神社」(あまのいわたてじんじゃ)があります。

この神社は四角い巨石を神体としている古社で、
巨石は天の岩戸から飛んできた
岩だとの言い伝えがあります。

この巨石は1片が7mもあり、
真ん中に刀で断ち切ったような切れ目が有るために
一刀石と呼ばれています。

この切れ目は一説によりますと、柳生石船斎宗巌が
修行中に真っ二つに切ったものだとも言われています。



【柳生花しょうぶ園】 

約10,000uに及ぶ休耕田に450種、80万株の花しょうぶがびっしりと植えられています。
見頃は何といっても初夏の6月です。
この時期になると、紫や白い花しょうぶが咲き乱れる姿は圧巻です。
この花しょうぶの観賞に多くの行楽客が訪れます。


【ほうそう地蔵】 

昭和44年に発見された地蔵仏です。

この地蔵様は顔の一部が剥落していて、
ちょうど疱瘡にかかっているように見える事から
「ほうそう地蔵」と名前がついたそうです。

この地蔵様には、神戸四ヶ郷
(この地域の柳生・大柳生・芭池・坂原の4カ所の村の事)
の者は、借金を帳消しにするという意味の文章が刻まれています。
室町時代に行われた政治の一部をかいま見る事のできる資料です。


【おふじの井戸】 

簡単な片屋根をかけただけの古い井戸があります。
この井戸には、柳生但馬守宗矩が馬上から、この井戸で洗濯をしていたおふじと
いう娘と問答をしたという言い伝えが残っています。

柳生但馬守宗矩の「その盥の中には波がいくつたっているか」との問いかけに
対して「お殿様がここまで来られた馬の足跡はいくつでございましょうか」
と切り返した美しい村娘に惚れ込んだ柳生但馬守は、その後村娘を妻にしたと言われています。

この時、柳生但馬守宗矩は60歳を越えていたといわれています。
この地区には「仕事せんでも器量さえよけりゃ おふじ 但馬の妻となる」という俗謡が残されています。


【南明寺】 

建立は鎌倉時代と言われていますが、今は本堂だけしかないお寺で住職さんもいません。

寄棟造りの本堂には、薬師如来座像や釈迦如来座像・
阿弥陀如来座像などの重要文化財が安置されていますが
拝観はできません。

境内には宝篋印塔(ほうきょういんとう)や
十三重石塔などがあります。

宝篋印塔は鎌倉時代・十三重石塔は室町時代の
建立といわれています。




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