奈良市

奈良の観光〜魅力の再発見

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奈良県の中でも有名な観光施設や寺社などが集中しているのが奈良市なのです。
数ある名所の中からいくつか御紹介させて頂きます。




【東大寺】

奈良市といえばすぐに思い浮かんでくるのが
「奈良の大仏」の名でで知られる超有名な
盧舎那仏を本尊としている東大寺です。
この大仏様は、現存する金剛古仏としては
世界最大で14m98pあります。

大仏様の右手は人々を苦しみから救うという
施無畏印、左手は人々の願いを叶える
という与願印を表しているそうです。
この大仏様を安置してある建物は
大仏殿と呼ばれています。

大仏様も巨大なら大仏殿も巨大で、高さは48mあり16階立ての
ビルの高さに相当します。屋根の上に乗っている瓦は約11万枚でしかも
普通の瓦の約4倍の大きさの瓦を使っています。

大仏殿は別名「金堂」(こんどう)とも呼ばれ、現存する
木造古建築物としては世界最大の規模を誇っています。
しかも驚く事にこの大仏殿は江戸時代に再建されていて東西が57mも
あるのですが、創建時と比べると約30%以上も縮小されているのです。
創建当時はなんと巨大な建造物であった事でしょう。

東大寺は過去、治承4年(1180年)に起こった南都焼き討ちや
戦国時代の戦火などを体験していて、現在の寺観が整ったのは
元禄5〜6年(1692〜1693年)頃だと言われています。

焼き討ちや戦火などで数々の伽監を焼失したとされていますが、
それでもまだ多数の仏像や法具が残されていて、大仏殿や三月堂を
初めとして周辺の寺院などに保管されています。

奈良の有名な行事の一つに「お水とり」があります。大松明を持ったお坊さんが走り回る
様が毎年ニュースなどで報道されるのでご存じの方も多いかと思います。
奈良では「お水とり」が春の訪れを告げる行事と
されていて正式名を「修二会」といい、
二月堂で行われます。

二月堂は寛文7年(1667年)の行事中に一度
火災で焼失していて、現在の堂は
寛文9年(1669年)に徳川家綱によって
再建された堂です。

構造としては懸崖造の堂で、京都の清水の舞台と
感じが似ていると感じる人も多いかと思います。

東大寺の総門に相応しい豪壮な重層入母屋造りの
建造物が南大門と呼ばれる門で、高さが
25mもあります。

この門の左右には高さが8.4mもの巨大な金剛力士像(仁王)が立っています。
東大寺には数多くの国宝がありますが、この仁王像も国宝指定されています。
鎌倉時代を代表する仏師の運慶・快慶が一門の総力を結集して造り上げた像とされています。

境内には大仏殿・南大門・二月堂のほかに、創建は天平勝宝7年(755年)で、江戸
時代に再建された戒檀院もあり、国宝で天平仏の傑作とされる四天王立像が安置されています。

    「東大寺まで」 ● 近鉄奈良駅から東へ奈良公園内を通り徒歩15分   
            ● バス停大仏殿春日大社前より徒歩5分


【興福寺】

近鉄奈良駅から徒歩5分と訪れるのに便利な近場にあり、
奈良県内でも最も観光客の多い寺のひとつといえます。
境内では鹿が自由に動き回っていて、観光客の間をぬって歩いていたり、食べ物を
ねだったりとまことにほのぼのとした雰囲気で、家族連れの観光客も多数訪れます。

興福寺は藤原氏の氏寺として栄華を極め、全盛期には大和の国1国を支配するほどの
勢力を保持していましたが、度重なる兵火や失火のために創建時の建物は失われ、
北円堂や三重塔は鎌倉時代に、又南円堂は江戸時代、五重塔は応永33年(1426年)
にそれぞれ再建された建造物です。

又、数々の国宝が安置されている事でも有名で、
四天王立像や弥勤仏座像は北円堂に、
十二神将立像や維摩居士像は東金堂、
法相六祖像は南円堂にそれぞれ安置されています。

これ全て国宝です。国宝級ではありません。
正真正銘の国宝です。

最近は日本全国各地で薪能が催されていて、
静かなブームを呼んでいます。
能の発祥地は奈良とされていて、興福寺境内南側の
広大な芝上(般若の芝と呼ばれています)で
催される薪能は薪御能と称され、
能楽界最高の行事とされています。

その幻想的な世界は一見の価値は十分にあります。
機会があれば是非見学される事をお勧めします。

    「興福寺まで」 ● 近鉄奈良駅から東へ徒歩5分   


【春日大社】

藤原氏の氏寺が興福寺であるのに対して、春日大社は
氏神を祭る社として建造されました。
藤原鎌足の子である不比等が当地に祭ったのが始まりとされていて、
この時の祭神が白鹿に乗って来たと伝えられています。

以来、長年にわたり鹿は神聖な生き物として
崇められ、保護されてきました。
現在は境内や公園内の至るところで鹿を見る事ができ、
総数は1200頭以上います。

春日大社はうっそうとした樹木に囲まれた広大な境内を有しています。
入り口にはまず朱塗りの回廊、次に中門、その奥に本殿が
厳かに見ることができます。

長い参道には一の鳥居、二の鳥居と続き、二の鳥居あたりからは
権力者や庶民など身分を問わずに寄進され続けてきた石灯籠がずらりと
並んでいて、その数は3000基以上とも言われていています。

参道途中には春日大社苑があり、「万葉集」に詠まれた植物約300種類が植えられて
いて特に4月中頃から5月中旬にかけて咲き乱れるフジは見事で、このフジを目当てに
訪れる人も多数おられます。

大社の本殿は一間春日造の社が4棟並んでいます。
4棟は武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神をそれぞれ祭っています。
この大社の本殿も国宝と認定されています。

春日大社の摂社のひとつに若宮神社と呼ばれるものがあります。
本社には天児屋根命が祭られていますが、こちらは天児屋根命の御子神を祭っている
関係で特に若宮と呼ばれています。
この若宮神社の本殿も国宝となっています。
又、毎年12月には国の重要無形民族文化財に指定されている
春日若宮おん祭りの行事がおこなわれます。

    「春日大社まで」 ● バス停春日大社本殿からすぐ


【奈良公園】   

奈良公園は東西約4q、南北約2qの広大な敷地の公園です。
公園内には東大寺をはじめ、興福寺、春日大社、奈良国立博物館、奈良県立美術館、
猿沢池など有名な社寺や観光名所見所が点在しています。

敷地内では愛らしい鹿が縦横無尽に群れ遊んでいて、
文化と自然が融合している緑の多い公園となっています。
公園内の鹿は約1200頭程度いるといわれています。

春日大社創建時に祭神が白鹿に乗ってきたといわれていて、
以後鹿は神聖な生き物として扱われ江戸時代までは
厳格な庇護を受けていました。

庶民の命より鹿の命のほうが重要視されていて、
傷つけると死罪になるケースも多々あったとされています。
鹿が庇護を受けていたのは江戸時代までで、明治になると
保護される事もなくなり、乱獲が進み一時は40〜50頭程度まで減少しました。

時の明治政府が再度鹿に神格を与えて
保護に乗り出した為、少しずつ数は増え出しました。
しかし第2次世界大戦後は神格もなくなり、密漁の横行で100頭前後まで減少しました。
その後は鹿愛護会の努力のおかげで奈良公園の鹿は国の
天然記念物指定され、現在の数まで回復をしています。

公園内には一般道路が縦横に走っていて交通事故にあう鹿、
野良犬などに襲われる鹿、老齢で亡くなる鹿などがいますが、
毎年200頭近い子鹿が生まれてきている為に、
総数としてはそんなに変わってはいません。

奈良公園の表情は四季によって変化します。
東大寺二月堂の「お水とり」が終わると春がやってきます。
白い壺状の花を付けるアセビが咲き初め、早春の風情を見せ始めます。
このアセビは鹿が食べないので荒らされる事もなく公園内のあちこちに茂っています。
桜が興福寺や東大寺の境内で、後を追って春日大社のフジも奈良の春を彩ります。

奈良の夏は暑いです。
盆地の中に奈良はあります。
その為、盆地特有の気候で昼間は本当に暑いです。
クスの大木が木陰を作り出してくれていて、木陰に入ると
昼間の熱気を和らげてくれます。

夜は社寺のライトアップが行われるので、
華麗な景観を見る事ができます。
夏は暑い昼間より夜の観光のほうがよいかもしれません。

秋は江戸時代から続く有名な行事の「鹿の角刈り」が催されます。
春日大社参道端の鹿苑で勢子が逃げ回る鹿を押さえこんで
角を切り落とす行事は毎年報道されていて、よくご存じだと思います。

カエデ・イチョウ・ナンキンハゼなどの大木が紅葉し、
晩秋には境内を落ち葉が敷き詰めます。

冬の催しは春日若宮おん祭りが有名で、奈良の祭りの終わりの
行事とされ豪華な時代行列がくりだされます。

年初めには火の祭典「若草山焼き」が行われ、若草山全体が
炎に包まれる景観は見事というほかありません。

    「奈良公園まで」 ● 近鉄奈良駅からすぐ




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